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| 【 行政書士法抜粋】 | |
| 第1条(目的) | この法律は、行政書士の制度を定め、その業務の適正を図ることにより、行政に関する手続の円滑な実施に寄与し、国民の利便に資することを目的とする。 |
| 第1条の2(業務) | 行政書士は、他人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類その他権利義務又は事実証明に関する書類(実地調査 に基づく図面類を含む。)を作成することを業とする。 |
| 第1条の3 | 行政書士は、前条に規定する業務のほか、他人の依頼を受け報酬を得て、同条の規定により行政書士が作成することができる書類を官公署に提出する手続を代わつて行い、又は当該書類の作成について相談に応ずることを業とすることができる。 |
| 参 照 | 法律の全文・沿革を参照したい方はここをクリック、日本行政書士会連合会のメニューの【行政書士法】をご覧下さい。 |
| 会計記帳業務 | 法人・個人の会計記帳代行・給与会計・その他各種財務諸表の作成代行 |
| 交通事故処理業務 | 自動車損害賠償責任保険の請求書作成・損害賠償の請求書作成・実地調査・損害算定 |
| 入国管理局申請業務 | 在留資格認定証明書交付申請・在留資格変更・更新許可申請・資格外活動許可申請・再入国許可申請・永住許可申請等 |
| 法人設立関係 | 有限会社・株式会社・協同組合等設立書類作成・特定非営利活動法人設立 |
| 建設業許可申請 | 建設業許可申請・建設業経営状況分析申請・建設業経営事項審査申請等 |
| 相続関係 | 遺産分割協議書その他の書類作成・遺言書の作成 |
| 異議申立書等の作成 | 官公庁に対する異議申立て・審査請求等 |
| 帰化申請書の作成 | |
| 各種書類の作成 | 内容証明書・契約書・示談書・告訴状・告発状等の作成 |
| 各種許認可申請 | 宅地建物取引業免許申請・電気工事業開始届 |
| 根角香織行政書士事務所 | |||
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| 私の素顔《自己紹介》 |
私は日本の情勢が徐々に第二次世界大戦へと足を踏み入れつつあった、一九三九年(昭和十四年)六月二十八日、山口県宇部市岬町で生まれた。 日本のほとんどの都市が焦土と化して大混乱の最中の昭和二十一年、私は小学校へ入学した。教科書すらなかった小学一年生だったが、手作りの教科書とカバンで通学したのを今でもはっきりと覚えている。 とにかくいつも空腹状態で、野原の野草や川のドジョウやフナなど食べられそうなものは何でも食べた。小学四年生の時、学校給食が始ったように思う。当時の給食は、粗末なパンと脱脂粉乳、それに日替わりでおかずが一品ついていた。今では信じられないような、実に粗末な給食だったように記憶している。 当時の食糧事情は最悪で、食用としてカエル、スズメ、犬、ウサギ、ナマズ、クジラなどは貴重なタンパク源として重宝された。 我が家にも食用として需要の高かった家ウサギが、繁殖用として数十羽飼われていた。小学生だった私は、ウサギのえさを調達する係りだった。だから学校から帰ってきたら、えさの調達のため野山を駆け巡って調達にいとまがなかった。一日十`は軽く走破した。今ではきれいに整備されて自由に出入りできない「常盤公園」も、えさ調達の重要な拠点だった。当時も常盤湖には食用のためにコイが放流されていて、夜そのコイを密猟しては管理人に追いかけられたが、幸運にも一度も捕まらなかった。少年時代の私は、飢えを満たすためにそんなことまでしたのである。今想えば、実質的には貧しかったが実に豊かな自然がそこらじゅうに溢れていたのである。 昭和二十六年小学校を卒業し、中学へ進学した。中学では給食はなく、いつも真鍮の弁当箱に日の丸弁当、おかずは塩クジラに煮豆というパターンが多かった。今のように制服などなく、よく下駄をはいて通学した。途中で鼻緒が切れて困ることもしばしばあった。 |
| わが町三原市の見どころ |
| 広島空港の開港で、陸、海、空の拠点都市として発展が期待される三原市。観光面では、とかく尾道市に押されがちだが、自然、歴史とも、その奥深さ、豊かさでは劣らない。 三原城は戦国武将小早川隆景が築いた。海側の石垣は波が洗い、他の三方は潮入りの堀が巻いた別名「浮城」。兵火にさらされることなく、一八九三(明治二十六)年、鉄道(現山陽本線)が開通するまで健在だった。不思議なことに、一七四六(延享二)年、幕府巡見使が来た時、天守閣はなかったそうで、幕府に遠慮して取り除いたと言われている。 山陽本線の開通でズタズタにされた三原城は、天守台だけが往時の面影をとどめ、不本意な形で整備された。三原駅北側、隆景広場から小早川隆景の座像が「浮城」の無残な城跡に厳しい視線を注いでいる。「何てことをしてくれたんだ」と言わんばかりに…。 尾道と並んで、市中心部に寺も多く、歴史を探す古寺巡りも楽しい。中でも宗光寺は、隆影が両親の毛利元就夫妻供養のため、高山城内に建てたものだが、三原城下の西の砦を兼ねて現在地に移築した。山門は、新高山城の城門と伝わる国の重要文化財である。 隆影広場のすぐそばの堀に面して、三原が生んだ孤高の画家、秦森(はたもり)康屯記念館がある。古い蔵を利用した小さな展示館だが、絵に興味のある人は寄ってみるといいのではないか。面白いことに、三原駅周辺には康屯の常設ギャラリーを設けた店が多く、店によっては絵だけを見せてくれる。 海から垂直に聳え立つ筆影山からの展望は、瀬戸内一との定評がある。桜の名所としても有名で、道路、展望台もよく整備されている。 和田町登山口から歩いて一時間、隣接する竜王山はさらに百bばかり高く、もっと遠望がきき、しまなみ海道の五つの橋が見える。新設の展望台には高倍率の望遠鏡がすえられ、無料で見られるのもありがたい。 筆影山から南側、須波へ下ると、三原市と見晴らしをかけた「みはらし温泉」がある。地下千二百bからくみ上げる四十五度のお湯は広島県では最高温。かなり塩辛いお湯だが、体に付いてもべとつかない。屋上の露天風呂からは、まさに瀬戸内海が一望できる。お湯に浸かりながらの瀬戸内の展望は格別の趣がある。 変わったものでは、宮沖町の三原リージョンプラザそばの「歴史民族資料館」で、国内に四、五台しかない「からくり」が見られる。 お土産は、三原名物「たこ珍味」と「酒」。三原は古くから酒造りが盛んで、「黒田節」で歌われる「酒」も、三原の「酒」だったといわれている。 |
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| 最終更新日 : 1999/07/30 金曜日 04:44:30 |
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